サッカーがうまくなくても大丈夫

これは、サッカーが下手で下手でしょうがなった僕の話です。

 

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ずっと下手だった

僕がサッカーを始めたのは小学2年生の時でした。
近所の友達の誘いで、通っていた小学校のグランドで活動する少年団に入団したのがきっかけでした。

ちょうどJリーグが開幕した年だったと思います。

当時のチームはいわゆる弱小少年団で、練習も週に1回。
試合も年に2,3回しかなく、試合の前日は楽しみ過ぎて眠れないほどでした。

こんなチームが試合に勝てるわけもなく、卒団までに試合で勝利したのは合計2,3回だったともいます。

そして、中学生になると暗黒時代が始まります。

僕の中学校は2つの小学校から生徒が集まってきますが、もう一方の小学校の少年団は市内最強チームでした。

そんなスーパーなチームとサッカー部で合流してみてびっくり。
もう、僕は味噌っかすのような存在のまま3年間一度も試合に出ることなく終わってしまいました。

もったいなかったのは、中学校の顧問の先生もそこまで部活に熱心ではなく、戦術的なことを何一つ教えてもらえないまま高校生になってしまったことです。

とはいえ、同じ環境で練習をしていても、ばっちり上手になっている子もたくさんいたので、僕がサッカーの世界観を掴めなかったことが原因だったと思います。

 

 

悲劇は続く

Ben KerckxによるPixabayからの画像

 

そして高校でさらなる悲劇が待ち受けていました。

当時の僕は物心ついた時からサッカーをやっていただけで、特にサッカーが好きでもなかったと思います。Jリーグを熱心に見ることもありませんでしたし、海外サッカーなんてまったく知りませんでした。

もちろん、地元の高校のサッカー事情なんて知りません。

僕は中学時代に1度も公式戦に出られなかったことが心残りだったものの、高校でサッカーを続けるつもりはありませんでした。

何せ、へたくそでしたから。
でもこの時は、サッカーを知らな過ぎて自分がどのくらいへたくそかということも理解できていませんでした。

そんなおり、同中(おなちゅう)の友達から「なぁ、一緒にサッカー部はいらねぇ?」と誘われます。しかも僕を誘う理由が「だって俺が一番下手なの嫌じゃん!」という。。

最初は断っていたものの、中学時代に公式戦に出られなかった心残りもあり、最後は「まぁやってみようかな」という気持ちになってしまいました。

そして、入部してみてびっくり。
サッカーを知らなかった僕は、うっかりスーパー下手くそなのにもかかわらず、そこそこ強豪校のサッカー部に入ってしまったのです。。。

その練習がキツイことキツイこと。
さらには自分だけダントツ下手くそという部活カーストの底辺で2年強を過ごすという恐ろしい事態になりました。
幸いチームメイトに恵まれたため苛めに合うようなことはありませんでしたが、それでも自分がいつも足を引っ張っているような状況はただただ辛いものでした。

もちろん公式戦に出るどころかユニフォームだって1度ももらえませんでした。

練習がきつすぎて、家に帰っては泥のように眠る生活を続けていました。
進学校だったので、勉強の進度も早く授業にもまったくついていけません。

案外、レギュラー陣が勉強もできちゃったりするので、もう僕はクズ中のクズみたいな気持ちになりました。

 

得たものは大きかった

Jill WellingtonによるPixabayからの画像

 

しかしそんな高校時代に得た3つのモノが今の僕を形成しているといっても過言ではありません。

1つめは、良い指導者の下でサッカーができたことで、サッカーの基本的な考え方がわかったということです。

自分の感覚でそれを掴むことができなかった、センスゼロの僕ですが、国体監督も務める指導者の下、理論的に考えるサッカーの指導を受けたおかげで、ようやくサッカーの考え方が理解できたのでした。

約2年間の間に戦術理解に関しては、それなりのレベルまで到達することができました。

しかし、コーディネーション能力が絶望的になかったため、止める、蹴るの壁を超えることができず、選手として花開くことはありませんでしたが、物事を論理的に考える基盤はここで身に付きました。  何より、息子のサッカーを分析して問題点を指摘することができるのも、この地獄の高校時代があったからこそです。

2つめは、何かに熱心に取り込む癖がついたことです。
毎日のきつい練習と、そのあと9時まで自主練をするというのが日課になっていたため、いざ部活を引退してからは(もちろん3年のインターハイで引退しました)その枠を受験勉強に置き換えるだけで、受験生としてのロケットスタートがきれました。

受験勉強もつらいものでしたが、カースト底辺の部活生活に比べればはるかに楽でした。

引退直後は45もなかった偏差値も、最終的には10以上上がり(教科はうんと絞りましたが。。)志望校にも合格できました。
レギュラー陣が大学も僕よりいいところに合格していたのでぐぅの音も出ないのですが。。

とはいえおそらく、僕の集中力では帰宅部生活からいきなり受験勉強を始めても最終到達地点はもっと低かったと思います。

必要だと思ったことに惜しまず努力をできることは、社会人となった今でも僕の財産となっています。

3つめは、何より辛い辛い生活に耐え抜いたことが僕の中で大きな自信になっていることです。

部活を引退してから20年近く経過しますが、その後人生はずっとイージーモードです。
どんなに大変なことがあっても、高校の部活に比べれば大したことないですから!笑

しかも、仕事では人から必要としてもらえます。
部活時代まったく存在価値がなかった身からすると、これだけで十分やりがいを感じられます。

子供のころに、運動神経がよくてたくさんの成功体験を積むという王道の自信の付け方もあります。
でも、何一つうまくいかなかったけど、一生懸命やり続けたという自信も確実に存在します。

しかも後者は誰かからチヤホヤされるというモチベーションが一切なくても自律走行できる精神的な強さも手に入ります。

30歳を過ぎた今となっては、学生時代にサッカーがうまかったことはお酒の席での自慢話のひとつにすぎません。サッカーがとてつもなく下手だったこともただの笑い話の一つです。

どうでしょう。

学生時代には天と地ほどもあったこの状況、20年も経つと大差ないと思いませんか??

今、サッカーがうまくなくて悩んでいる子供たちやその保護者(僕もその一人)がたくさんいると思います。

でも大丈夫!!

一番大事なのは、努力をする才能があるかどうかですから!!

だから僕は、息子には、才能で物事がうまくいく子よりも、うまくいってもいかなくてもあきらめずに最後まで努力できる子になってほしいと思っています。

たまに、サッカーもスーパーでコツコツ努力もできる子もいるけど、、、
そういう時は、1ミリも妬まずに「お前すげーな!!」って言ってあげましょう!!

そういう人に、僕はなりたい。

今日も最後までお読みいただきありがとうございました。


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